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Posted by 滋賀咲くブログ at

2014年11月25日

桜の如く(政論を考える3・米軍基地問題)



沖縄の皆さんにはご迷惑としわ寄せはおかけしている問題です。

いくつかの事実を羅列してから始めたいと思います。

1・基地が出来る前と出来た後では普天間のある宜野湾市の人口は8倍以上に膨れ上がっている。

2・基地反対運動をしている人の中に宜野湾市民が圧倒的に少ない。

3・70年間戦争に巻き込まれなかったのは絵に書いた餅の憲法9条ではなく、実行力のある米軍駐留と日米安保のおかげ。

4・日本は年間6800億以上の予算を米軍に支払っている。

5・日米地位協定の壁。

6・将来的な基地の意義と今後。



まず、反対派が「住宅地に隣接した世界一危険な基地」とよく主張します。  確かに現在の状況を切り取ればその通りでしょう。
でも、元々はなるべく暮らす人々に迷惑をかけないで済む、寒村地として僅かな集落だった宜野湾に基地ができました。
本土と比べ、産業に乏しかった沖縄で基地建設や基地関連の仕事はとても魅力でした。  そうしてるうちに基地周辺にドンドン人が集まり、やがて10万人近い街にまで発展しました。   
よく考えてみましょう。  騒音や危険が本当に不満だけなら皆さん反対する以前に出ていきませんか?  増えてる理由なんでしょう?
皆さんの隣の家に引っ越して来た人に後から勝手に来といて、あんたの家ウルサイから出て行け!なんて言われたら切れると思うんですが?

そんな事を象徴するのが過激な反対運動してる人の中にほとんど宜野湾市民が居ないんですね。  つまり住民でもない人が激しい反対運動をしているって一見変な話。 
当然人間の行動には理由や目的、メリットがあります。
簡単に言えば、反対派の人たちは「問題」があったほうがいいんですね。  これは怖い話ですが、、、。
反対派の多くに「公務員組合」や「教職員組合」の人がいます。彼らは実は沖縄の人々の平均的所得の2倍程もある日本でも屈指の高級公務員なんです。  そんな実態への風当たりを無くすための運動と言われています。  問題があったほうが都合がいいんですね。
それを象徴する出来事として、昭和57年に普天間基地内にヘリが不時着したことにいち早く危機感を感じた当時の安次富市長は、現在も基地危険の象徴とされている普天間第二小学校を移転しようとします。  
ところが近隣に移転候補地が見つからないまま途方に暮れている所で、米軍が安全圏と言える米軍家族用住宅用地を何と8000坪、日本に返還しようと申し出ました。  危険を本気で訴えるなら、当然移転するべきだし市長も喜びましたが、、、、何と基地反対派が難癖をつけて移転がご破産になり、子供たちは今でも「危険」と騒がれる小学校のままなんです。
恐るべし教職員組合、、、。  彼ら反対派にとっては危険な所に小学校があってくれた方が都合がいいんですね。怖いです。


次いでは、不戦の功績。
よくおめでたい発想の人が「日本が戦争に巻き込まれないのは憲法9条があるからだ」などと言いますが。
これは無い。
戦争を放棄したと「憲法」って誓約書に書いてる国だから日本を攻撃するのはやめよう、、、なんてめでたい国があるはずないでしょう。
軍があっても力に劣るフィリピンなどは、中国にドンドン島を占拠され、今は基地化し始めています。 竹島状態ですね。
では、なぜ中国が尖閣には同じことをしないのか?
アメリカが居るからにほかなりません。
以前はフィリピンにも米軍が駐留していて、その頃はやはり中国も静かにしていました。   ところが国内事情からフィリピンは日本の「思いやり予算」にあたる米軍経費を打ち切り、結果米軍はフィリピンから撤退、、、そして待っていたかの様にフィリピン領を勝手に中国領海だと主張しだして(尖閣も同じ理屈)軍事力で占領しました。  完全に侵略です。
はっきり言えるのは、万が一日本から米軍が撤退すれば、いくら日米安保条約が生きていても中国は尖閣に侵略しますよ。100%やります。
欲しくてしょうがないんだもん。   まあ滅茶苦茶です。  万が一尖閣を奪えればそこから得られる莫大な資源から出る利益を、中国のほんの一部の上層階級がネコババできるんです。 国民になんて行きません。  中国の国会議員にあたる連中はみんな自分の懐に裏金を入れる方法を考えてます。 全員ってのがまた怖い。  彼らは皆、20億円、30億円って海外資産を持っていて、多い役人は何千億です。
汚職がばれると家族も重罪になるので98%の家族が海外に居るとの事実。  
そんな国が、他国の憲法の不戦の誓いで侵略を遠慮するわけないでしょう。
ほんとおめでたい。 
沖縄の方の苦しみには申し訳ない思いですが、米軍の駐留の意義は間違いなくあります。

「対中国を意識するなら、グアムでも十分だ」
と言う意見もあります。  軍事的な米国の都合だけならその通りでしょうね。 たまに評論家の右派の人が戦略的にグアムではダメで、沖縄でないと意味がないと言いますが、それは薄いでしょう。
勿論グアム基地では南支那海への軍事的牽制には弱く、沖縄基地は大きな意義はあります。しかしそれは、主に日本や東南アジア諸国の視点からの軍事的意義です。    米軍にとっての意義といえば、自国領グアム基地までに沖縄基地で中国海軍を叩けるくらいで、
もっと言えば、アメリカが中国と戦争するならハワイや本土からの攻撃で十分勝てるんですから。

ではなぜアメリカは沖縄にこだわるのか?
単純です。 沖縄に基地と兵力を置いたほうが、アメリカのお財布に優しいからです。
アメリカが駐留する軍に割いている予算(費用)は年間約3900億円です。
それに対して日本は、駐留して守ってもらう為にアメリカに対して6800億円を支払い、負担しています。
つまり本来なら沖縄の兵力を維持するのに1兆1千億円が必要なんですが、沖縄に置けばそれが4千億円で済むってことです。
お財布に優しいでしょ?   アメリカは軍事費が厳しい状況なんでなんとしても沖縄基地は維持したいのです。

でもこれは悪いことばかりではありません。  もちろん6800億のお金はかなり米兵に贅沢をさせています。中佐位ならプール付きの家に住んでるんじゃないかな?
しかし本気で軍事的な牽制や抑止力になってもらうには必要な部分もあるんです。   これだけの莫大な駐留負担をしているからこそアメリカは日本の国防に大きな責任を負ってくれるんです。
今の日本の法律と軍備なら、万が一日本の国防戦になった場合、100%アメリカ兵の死傷者の方が自衛隊の死傷者より多くなります。
死ぬんですよ?他国を守るためにですよ?そんな部分もちゃんと見なければいけないと強く思います。

続く


  


Posted by 水口プリン at 23:48Comments(0)

2014年11月23日

桜の如く(政論を考える・原発2)




原発の利点の最後はやはり地域経済でしょうか。

原発は米軍基地とよく似ていますね。
安全性の見地も含め、経済的に苦しいローカル地域に、「金」を代償に原発を押し付けてきた事実は否めません。
勿論、地域の最終的な合意の元での誘致ではありますが、理屈抜きに苦しい地域の経済状況の中で「ドサっ!」と札束を積んで首を縦に振らせて、原発のない都市では知らん顔してその電気を使いまくる。  それが悲しい日本の実情だと理解せねばなりません。
そして、実際に今も原発と言うある種の「経済基盤」が各ローカル都市には必要なんです。
その都市の皆さんが一番苦しく、そして悔しいんだと思いますよ。
自分たちだって本当は怖いし、原発のない街で子供たちを育てたいだろうし、無い方が嬉しいのに、その原発無しでは地域経済が成り立たない現実に自らを押し殺しているんでしょう。
せめて我々はそんな方々の苦渋の元で作られた電気で暮らしてきた事を自覚しましょう。


ではこれからどうするべきか。


正直ピーチクパーチク「原発即廃止」とか「脱原発」って耳障りのいい、美しく聞こえる主張はやめましょう。(これ批判来るかな、、、)

「お花畑論」と呼んでいます。

そんなおめでたい事が簡単に出来るならとっくにやっとるわい!ってことです。

まず、個人的意見ですが、、、
様々な見地から考えてもお金の問題は避けてはなりません。 廃炉の5兆、原油の年間5兆、原子力を抱えてきた地域の人々の明日の暮らし、、、、。
共通認識として、日本国民の総意として「原発を無くす」は一つではないでしょうか?

しかし即廃止とかの夢物語と言うか、カッコばかりいい論理はもう止めて、大人な話をして欲しい。

「人の命は金じゃない」とかって滅茶苦茶な言いがかりも止めましょう。そんなん当たり前や!

問題はどんなスケジュールとプロセスで原発を辞めて行くかでは」ありませんか?原発を抱え、その産業で暮らすみなさんの明日の生活だって緊急の問題で、生き死にがかかってるんです。


そこで私論
(念には念を重ねた調査と審査で具体的な対策と強化を明確に発表出来た原発から順次再稼働。)
これによって当面の原油コスト増大を抑え、製造業などを中心にした経済の悪化を抑制。全体的な景気の好転に繋げる。
更に、コスト軽減の試算に基づく一部を廃炉費用に充てる。

(エネルギー特区)
原発を抱える地区を新たにエネルギー特区とし、再生可能エネルギーの個人参加(現在の買取制度)やエネルギー事業者の優遇誘致制度による雇用、インフラ事業の優先拡大。エネルギーを提供する有難い都市としての地位拡大。

(自然エネルギー)
太陽光や風力は勿論ですが、「技術の国、日本」、「技術こそが我が国の無限の資源」
として火力中心にエネルギー技術を国策として進め、世界に輸出出来る次世代エネルギーのモデルを確立し、エネルギー特区中心に発信する。

(減発)
国の経済への影響と、技術的な進捗を考慮しながら、問題ある原発を順番に廃炉していく。当然代替の自然エネルギーが補える規模に達したエリアなら、使用可能な原発でも順次停止で廃炉するべし。  あくまでも国民と地球のためには原発はなくすべし!

(核燃料サイクル)
今のまま原子力発電をしなくても3万トンの廃棄物は残ります。それなら再処理してゴミの量を最大限減らして行きながら、稼働原発で(少量の新規原発炉)で再生燃料による発電をおこなう。このシステムは脱原発には避けられない仕組みだと思いますよ。これによって生まれる電力は相当ローコストで収まります。

(最終処分)
ここは難しい。
第一は、技術的に高濃度廃棄物の無毒化ですが、この理想は全く出口が見えていない状況。
太陽にでも向けてロケットで捨てればいいんだけど、コストがお化けに。
地中埋伏が現状の最善策みたいですが、実際には安全管理や将来への不安の面から凄く心配。


上記のように、経済に与えるダメージを最小限に抑えながら、エネルギーに対する余力を少しでも多く確保し、国民の生活に長期に渡る影響を最大限に抑える。  
 そうしなければ景気対策の予算など一瞬で原油コストに吸い取られ、雇用も改善せず、給料も上がらず、結果消費は再び下降に向かい、廃炉などの予算も苦しくなる、、、と言う本末転倒の悪循環に。

結論としては原発を辞める為に、一番有効なのは原発を利用する「毒を持って毒を制する」作戦でしょう。

私達は福島で大変な経験をしました。
だからこそ世界に先駆けて、理想的な原発との決別の道を確立し、技術を磨き、それを世界に輸出する「新しい力」にするべきだと思います。
技術こそ日本人の最大の得意分野ではありませんか。  蓮舫の「世界で2番ではダメなんですか?」への答えですよ。「ダメなんです」

綺麗事で「今も原発止まってるが、イケてる」というのは電気の供給量が行けているだけですよ?

凄まじい経済への負担がドンドン上乗せされていきます。  経済対策が無駄にならないように、やるべき安全確認に重点をおいて検証すると言う当たり前の選択に気がつかねば大変な手遅れになりますよ?

もう一度

原発はなくしていきましょう!
その為に安全をシッカリ検証して再稼働するのです。
原発の再稼働による経済的恩恵で原発自身の廃炉費用を賄えば、大きな大きな道が見えると思います。


  


Posted by 水口プリン at 00:44Comments(0)

2014年11月22日

桜の如く(政論を考える1・原発)



東北での地震以来、大きな問題と言うか、我々が真剣に考えるべきテーマになっています。


初めに整理しなければ論点がグチャグチャになって、選ぶべき道が見えなくなります。

(原発の問題点)
1・事故や災害による放射能汚染の危険性
2・発電後に残るゴミ、「使用済み核燃料」の結論的処理方法。
3・老朽化した発電施設の廃炉

(原発の利点)
1・発電自体のコストは圧倒的に安価
2・政治的要素にも影響を受ける原油による発電より安定供が可能
3・オゾン層破壊の原因であるCO2の排出を飛躍的に減らせる
4・原発を抱える地域に現実的な経済的貢献が多大である。


ザクッとしたところですが、考えてみましょう。

問題点より

一般人の関心事としての最大点が「放射能汚染」でしょう。
これは問答無用に問題です。  福島のような事態になれば、代々暮らしてきた思い出や愛着心も一瞬で踏みにじられ、そこで暮らすことができなくなるのは勿論ですが、心情的、実質的な深刻な問題は、「この地域は国の基準以下の放射線量だから生活しても大丈夫」と言われても、小さな子供を持つ親達には不安は全く消えないし、国の発表すら信用できないということです。
日本中、親なら当たり前の心情でしょう。  なんの根拠があって大丈夫って言ってるか分からないからでしょう。

個人的には実は最大の問題だと思っているのが「使用済み核燃料の処分」です。
大きく取り上げず、国民も目を伏せてきた問題です。  核融合で発電した後に燃料のカスが出ますね?それが使用済み核燃料と呼ばれるものですが、例えばこのカスをポンと道にでも捨てると、たちまち加熱して周囲のアスファルトも岩も金属も溶かしながら放射能を撒き散らしながらエスカレートします。
恐ろしいことに、世界中で核反応させて発熱する技術は確立されてるのに、未だにこの核反応を終息させる技術が無いのです。本当は滅茶苦茶な話なんですね。  ではどうしているかというと、「熱くならないようにプールに浸けて冷やす」と言う衝撃的に単純な方法で「仮保管」を各原発敷地内でしています。いいですか?「仮保管」です。
いくらコストは安いとは言え、出たゴミ、出すゴミの処理の方法も無いままというのは怖すぎます。このゴミを再利用することで再処理が理論上は可能で、それにより、ゴミの量が1/3程度に減らせると言う可能性はあるようですが、問題を間違えないように!  減らせるだけで加熱、再臨界、放射能の根本的危険は技術的には全く解決していないのです。
現在3万トン程のゴミがあり、再処理の能力は年間僅か800トン。(この再処理したリサイクル燃料をMOX燃料と言います)このうちの600トンが再び原発燃料に、残りの200トン程度が「高レベル核廃棄物」となります。結局この廃棄物と言うゴミをどういう方法で、どこに処分するのかは全く出口が無いのです。
更に問題は、国の方針として少なくともゴミの圧縮と燃料の再利用の一見夢のような?核燃料サイクルを行う方針で青森で再処理を行うべく集められたゴミや英仏に預かってもらっているゴミが全て各原発地区に戻されること。 保管場所も飽和に近づき、大問題なのです。
更に更に問題は、再処理をせずに保管すればゴミは減らないうえに、このゴミこそが「核爆弾」の原料になることから外国から無用な警戒を持たれてしまうのです。(プルトニウムというやつです)

もう一つが老朽化した原子炉を止めて廃炉にすること。
火力や水力発電のように、スイッチでストップ、解体とはいかない事があります。解体した部分も当然放射性廃棄物として喜んで受け入れるところはありませんし、そもそも解体するにも放射能の処理も含め、廃炉に40年かかります。コストは1基でザッと1000億円。約50基全てで5兆円ですね。日本の一年の予算の十分の一程度に。
因みに武蔵野大学のたった100キロワットの試験原子炉ですら廃炉できていない有様。
廃炉するにも作業員が凄まじい量で被爆しちゃうので作業ができないのね。


次はCO2排出でしょうか。
原発事故以降、急に論議に蓋をしていますが、地球環境の問題でも最重要に位置する地球温暖化の原因であるCO2排出。
おいおい、これを無視はいかんでしよう。 
膨大なCO2を排出します。原発はCO2を排出しないため、有効な発電方法であると言われています。
ただし、超臨界CO2ガスタービンと言うシステムを開発中で、理論的にはこれが実用化すれば石油火力、石炭火力、地熱火力など全ての火力系発電のCO2排出量を大きく抑制できるかもしれません。但しこれもコストには反映します。




原発の利点

やはりコストでしょうか。
火力発電との比較だと、設備コスト、維持コスト、燃料コストに原発の場合、リスク対応費用(6兆円/40年)を加算して、
原発1対石油火力3、つまり一応のリスク対応費用含めて原発は三分の一のコスト。原料費に限れば十分の一程度になります。
これは大切な数字ですが、原発を止めてこのまま石油に頼るなら、年間4~5兆円従来より費用がかかり、そのまま国民がそれを負担します。現実はシッカリ見ましょう。5兆と言えば消費税増税で3%増えた分の税収がだいたいそんなもののはずです。つまり電気代は勿論ですが、カメラ、自動車、食品、など全てのものは電力の元で製造されますので知らない部分にも電力コストは反映され、結果的には今回の増税による税収分位を各自が負担する覚悟が要るのです。

次の利点は安定供給可能な原料ですね。
これは実は大変重要な部分です。  核燃料のウランは世界中で容易に確保でき、安価でもあります。これがどういう意味を成すか、、、。
原油に頼る火力。これは当然中東頼りですが、周知の通り中東は常にトラブルの中にあります。無くてはならない石油だけに、常に我々日本はこの石油を巡るトラブルに晒されます。
アメリカ主体の戦争であっても、知らぬ顔はできませんし、他国からは常に外交カードの一つとしてこの最重要資源の石油をちらつかせられます。   助けてくれなきゃ来年の石油半分にされちゃうかもよ?みたいに。
しかしウランならどこからでも確保できるので、資源の確保を盾にされて怯える外交をする必要がなくなるのね。  


Posted by 水口プリン at 22:49Comments(0)

2014年11月14日

今日のタマゴ



ガマちゃん  


Posted by 水口プリン at 19:32Comments(0)

2014年11月14日

桜の如く(近現代史・戦いの後に残るもの)タイ編




今日はタイの元首相からの、心に響く表現での第二次世界大戦認識です。

@タイ元首相・ククリット・プラモード

日本のおかげでアジア諸国は独立した。

日本という「お母さん」は難産して母体を損なってしまったが、
産まれた子供たちはスクスクと育っている。

今日、東南アジアの諸国民が米英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。

それは「仁」を成して身を投じてしまった”日本”と言う「お母さん」があった為である。

12月8日は、我々に重大な思想を示してくれたお母さんが一身を賭して重大決意をされた日である。

更に8月15日はその大切なお母さんが病の床に伏したひである。

我々は決してこの二つの日を忘れてはならない。



、、、タイの国民が如何に日本を想っていてくださるのかがよく伝わる一文ではないでしょうか。


  


Posted by 水口プリン at 12:53Comments(0)

2014年11月13日

桜の如く(戦いの後に残るもの4)南京事件




これも歴史的には中国によるデマ(プロパガンダとして)で、欧米は多数の証拠から中国が言う「30万人の大虐殺」どころか日本軍による非人道的な殺人は一件も無かったと言っています。

日本人はこの事実をしっかり証拠とともに認識する「責任」があります。   そうでなければ命を捨てて未来を守ろうとした先人のみなさんも私達自身も、とんでもない濡れ衣の不名誉を受けることになります。


南京事件とは、
1937年12月13日に松井中将率いる日本軍が3万余りの兵力で、37キロにも及ぶ城壁で囲まれた南京城に戦勝後入城します。

ところが中国は1970年後半に、にわかに「日本軍が南京入城時に20~30万人を虐殺した」と言い出します。   こういう出任せを次々と国際的に吹聴するのが中国の毎度のやり方なんですが、兎に角凄い勢いで拡散させました。   名誉毀損です。

よく歴史を知らない人は、日本人が「20万人も虐殺なんてしてるはずない」と言うと「20万人が虐殺で1万人なら虐殺じゃないの?」「100人なら許されるの?」といいます。

根本的に違いますね。

虐殺そのものがなかったんです。


1・そもそも南京城の中に住民が20万人しかいなかった。
これは国際機関の調べによるもの。  全部殺してしまってようやく20万人で、実際そんなことをしていたとしたら、南京陥落後に外国メディア向けに2度行われた会見で大問題になってますが、そんな話は一切ありませんでした。

2・陥落10日後の人口調査20万人・更に1ヶ月後調査で25万人に。
南京外国人会の調査であり、日本の都合のいい数字ではありません。  驚くべき事実ですよね。
普通に考えましよう。   もしも3万の日本軍という殺戮集団が城壁の中に居るとしたら、みなさんどうしますか?
家族、我が子を守るために必死で城から逃げ出しますよね?   ところが、それどころか増えてます。
3万の殺戮集団が占拠した城内に誰が喜んで入ります?   
なぜ増えたかは至って簡単。  日本軍の統治下での城内の環境が良かったから周辺からドンドン流入したんです。
写真なども多数残ってますが、中国統治下の南京は食料も乏しく、不衛生なうえ、自分たちを守るはずの中国軍の軍人からの略奪も日常。
日本軍は入城直後から城内への食料の配給を開始しました。  治安も改善した事で難民中心に城内に流入したのですね。

3・教科書や資料で虐殺を証明するような有名な写真がある?
近年の研究で中国が証拠として世界的に頒布した写真は南京事件以前に撮された全く違う写真を改ざんして使用していることが判明しました。    滅茶苦茶な話で、こんなことで世界の世論が動かされるとしたら恐ろしい。

4・南京入城の3日後には城内にシカゴデイリーニュースやNYタイムスの記者が存在。
シカゴ紙のスティール、NYタイムスのバーディンですが、敵勢力の報道紙がいた状況下で「戦闘行為に含まれる殺傷以外の殺人の目撃証言は一件も無かった。」と言うことが「市民重大報告」と言うものに記録されている。
常識的見地から行けば、虐殺があれば敵勢力の報道は死に物狂いで証拠を残し、世間に晒します。   なぜなら、それがアジア全土の一般人に対する「日本軍=悪」と言う広告となり、行軍してきた日本軍に協力したり情報を流したりしなくなるからです。
しかし、やってないのですから非道の証拠などあるはずがないのです。     証拠がないなら捏造しようと言うのが中国のやり方。

5・教科書にまでウソの写真載せますか?
載せます。  
教科書には日教組のDNAが色濃く反映されるので、自虐的反日思考を子供たちに植え付けることで、共産主義思考、社会主義精神を浸透させるのに都合がいいのです。   先生って大変な仕事だし応援してますが、日本教職員組合・通称日教組には注意が必要です。  また、教科書すら鵜呑みにしてはいけないことを忘れないでください。   ただ、最近は教科書検定がすこ~し厳しくなりました。

6・これは忘れてはいけません!
南京攻略後に、中国兵士が民間人に変装して潜伏したりドイツの管理する非戦闘エリアに逃げたりがありました。
軍事行動の定石として、潜伏兵の発見や小戦闘は当然ありました。 味方陣地内に敵兵を囲う訳には行きません。
当然戦争ですから、そうした戦争行為の中での殺傷はありました。これはNYタイムスの記者も写真と共に残しています。
そうした戦争行為の中の殺傷と、虐殺を混同しないようしましょう。
武士道精神を重んじる日本軍にとって、無慈悲で卑怯な行為は何よりも忌み嫌うものでした。  事実そうした行為が隊で発生すれば、軍どころか連隊内で「卑怯者」の汚名とともに処刑や処罰を速やかに行われます。      日本の戦争観念の中に「虐殺」と言う発想がないの。

虐殺を繰り返してきた中国だから「日本もどこかでやってるはず」とカマをかけたんでしょう。  


求むるは先人の名誉。

  


Posted by 水口プリン at 18:30Comments(0)

2014年11月12日

桜の如く(近現代史戦いが残したもの3)




日本の大戦に対する意思が最もよく解るのがインドネシア国民の評価です。

@インドネシア元首相・モハメド・ナチール

アジアの希望は植民地体制からの脱出と粉砕でした。

大東亜戦争とは、私達アジア人自身の戦争を日本が代表して敢行したものです。

大東亜戦争と言うものは本来なら私達インドネシア人が「独立」のために戦う戦争だったと思います。   もしあの時私達に軍事力があったなら、私達が植民地主義者と戦ったでしょう。

大東亜戦争とはそう言う戦いだったのです。



@インドネシア元陸軍大佐・ズルキフリ・ルビス

大東亜戦争が契機となって、アジアからアフリカまでもが独立しました。

日本にだけ犠牲を払わせてすまないと思っています。     そして大東亜戦争中の日本軍の特徴は「魂」を持って来てくれた事です。    
我々と苦楽を共にし、農作や各種の技術の初歩を教えてくれ、軍事訓練までしてくれました。



えー、、、まさに大賛辞です。

更に日本の戦争の意味を証明する、日本人が知るべき事実があるのです。

日本国民は1945年の終戦で戦闘は終了したと誤解しています。
違います。

アジアの多くの国は欧米に立ち向かう日本の姿に目覚め、400年の奴隷から脱出するために自らも立ち上がる決意をします。

が!!


オランダを始め近代国家の植民地主義国は終戦直後から何をしたか!!

日本は敗戦はしたものの、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ他植民地主義国がアジアの国々の国民に付けて引きずり回した首の縄を全て解き放ち、更に軍事訓練、教育、各種技術提供まで行うことで、アジア各國の自立精神を養いました。

そこに!!


日本の敗北をいい事に、再びアジアに舞い戻り、まるで逃がしてしまった家畜でも捕まえに来るように軍を送り込みました。
この浅ましさ、信じられます?   

そして、何と!!


インドネシアを例に
敗戦でようやく帰国も出来、家族やまだ見ぬ我が子との再会も可能な状況下にも関わらず、
「俺たちは何をしに来たのか?」
「このまま帰国しても誰も責めないが、、、、」
「しかし帰国すれば恐らく再びオランダに侵攻されて彼らは教育すら奪われて奴隷の生活に戻らざるを得ない、、、」と考え、、、

彼らの独立のために戦い続けよう!、、、と決意するのです。
その数インドネシア戦だけでも1000人以上です!!   驚く数ですし、アジア全体ではもっと多くの兵士が「家族との再会も、自らの命も捧げて」独立のために4年も戦ったのです。

4年もの間、植民地の再確保に執着した事にも嫌悪感を感じます。

そして残念ながら半数以上の方々が終戦後の戦いで亡くなりました。

こうした「献身的な貢献と行動」


によって今の当たり前に思えるアジア各國の独立自治があるんです。


中国と韓国朝鮮以外の全てのアジアの国々は親日どころか、「ニッポン大好き、アイシテル」なので、どうか安心してください。

そして実はその独立の気運のおかげで、中国は2000年来西欧からの侵略に怯え、略奪されることから「棚ぼた的」に解放され、(もう奴隷政策は国際的にダメよね?俺も辞めるからみんなも辞めてね?って国際基準に)今の中国があり、そのおかげで韓国は中国からの理不尽な搾取を受けなくなったのです。

倫理的、人道的な現在の国際秩序は、第二次世界大戦と言う悲劇的な歴史を糧に多くの犠牲と共に成立したことを正しく認識しましょう。

犠牲となった先人の皆様の命が決して無駄では無かったと言える未来を作りましょう!!

  


Posted by 水口プリン at 16:30Comments(0)

2014年11月12日

桜の如く近現代史⑩戦いの後に残るもの)インドネシア編




日本の大戦に対する意思が最もよく解るのがインドネシア国民の評価です。

@インドネシア元首相・モハメド・ナチール

アジアの希望は植民地体制からの脱出と粉砕でした。

大東亜戦争とは、私達アジア人自身の戦争を日本が代表して敢行したものです。

大東亜戦争と言うものは本来なら私達インドネシア人が「独立」のために戦う戦争だったと思います。   もしあの時私達に軍事力があったなら、私達が植民地主義者と戦ったでしょう。

大東亜戦争とはそう言う戦いだったのです。



@インドネシア元陸軍大佐・ズルキフリ・ルビス

大東亜戦争が契機となって、アジアからアフリカまでもが独立しました。

日本にだけ犠牲を払わせてすまないと思っています。     そして大東亜戦争中の日本軍の特徴は「魂」を持って来てくれた事です。    
我々と苦楽を共にし、農作や各種の技術の初歩を教えてくれ、軍事訓練までしてくれました。



えー、、、まさに大賛辞です。

更に日本の戦争の意味を証明する、日本人が知るべき事実があるのです。

日本国民は1945年の終戦で戦闘は終了したと誤解しています。
違います。

アジアの多くの国は欧米に立ち向かう日本の姿に目覚め、400年の奴隷から脱出するために自らも立ち上がる決意をします。

が!!


オランダを始め近代国家の植民地主義国は終戦直後から何をしたか!!

日本は敗戦はしたものの、イギリス、オランダ、フランス、アメリカ他植民地主義国がアジアの国々の国民に付けて引きずり回した首の縄を全て解き放ち、更に軍事訓練、教育、各種技術提供まで行うことで、アジア各國の自立精神を養いました。

そこに!!


日本の敗北をいい事に、再びアジアに舞い戻り、まるで逃がしてしまった家畜でも捕まえに来るように軍を送り込みました。
この浅ましさ、信じられます?   

そして、何と!!


インドネシアを例に
敗戦でようやく帰国も出来、家族やまだ見ぬ我が子との再会も可能な状況下にも関わらず、
「俺たちは何をしに来たのか?」
「このまま帰国しても誰も責めないが、、、、」
「しかし帰国すれば恐らく再びオランダに侵攻されて彼らは教育すら奪われて奴隷の生活に戻らざるを得ない、、、」と考え、、、

彼らの独立のために戦い続けよう!、、、と決意するのです。
その数インドネシア戦だけでも1000人以上です!!   驚く数ですし、アジア全体ではもっと多くの兵士が「家族との再会も、自らの命も捧げて」独立のために4年も戦ったのです。

4年もの間、植民地の再確保に執着した事にも嫌悪感を感じます。

そして残念ながら半数以上の方々が終戦後の戦いで亡くなりました。

こうした「献身的な貢献と行動」


によって今の当たり前に思えるアジア各國の独立自治があるんです。


中国と韓国朝鮮以外の全てのアジアの国々は親日どころか、「ニッポン大好き、アイシテル」なので、どうか安心してください。

そして実はその独立の気運のおかげで、中国は2000年来西欧からの侵略に怯え、略奪されることから「棚ぼた的」に解放され、(もう奴隷政策は国際的にダメよね?俺も辞めるからみんなも辞めてね?って国際基準に)今の中国があり、そのおかげで韓国は中国からの理不尽な搾取を受けなくなったのです。

倫理的、人道的な現在の国際秩序は、第二次世界大戦と言う悲劇的な歴史を糧に多くの犠牲と共に成立したことを正しく認識しましょう。

犠牲となった先人の皆様の命が決して無駄では無かったと言える未来を作りましょう!!





  


Posted by 水口プリン at 16:23Comments(0)

2014年11月11日

桜の如く(近現代史⑧第二次世界大戦の歴史、真実)



さて、前話でアメリカ側の軍事面での最高司令官からの歴史認識としての「日本が大戦に向かわねばならなかった理由と目的」を紹介しました。

ただこれを書くと「戦争肯定論」と批難する人が居ますが、「それ本気で言ってます?」と思います。
今の日本の文化水準下で、ましてや自虐史観教育の中で生きてきた日本人たちですよ?

いかなる理由があれ、戦争はいけない!

というのが全ての国民の共通認識でしょ。

わたしが言いたいのは、過去の戦争の正当化などではないし、恐らく今後の主流的な考え方として進んで行く思考だとおもいます。

歴史を正しく認識してこそ、これからの複雑な国際情勢への正しい判断が出来るのだとおもいます。

今日は超ザクッとした世界の流れをタイムチャートでみましょうか。

1400年代~
       スペイン・ポルトガルを先陣に大航海時代始まる。遅れてイギリス、オランダ、フランスも侵略競争に参加

       大航海時代と言えば聞こえはいいが、要は武器や文明に優れた国が、原住民たちが暮らす都市に問答無用で攻め込み、殺戮、強姦、略奪した上に、それらの住民を牛や馬と同等として扱い、奴隷として強制労働させたり売り買いしたりしました。マチュピチュなどで有名なインカ帝国などもとてつもない残虐な侵略と略奪にあった国のひとつ。

1800年代~
       既にイギリス、オランダ、フランス、スペインは既に数百年もの間、アジアの国々インド、フィリピン、インドネシア、ビルマ、やアフリカの国々を資源を奪い、奴隷を狩る場所として陵辱し続け、既に新興国のアメリカもそれに参加し、先進国間で植民地の椅子取り競争が熾烈を極める。

(一方アジアでは)
       中国では常にヨーロッパからの陵辱、搾取を受けながらも、辛くも国としての存在は維持を許される。しかし反面、中国自体は2000年にも渡り、朝鮮地方を「中国の命令のままにあるべき国・属国」として扱い、無数の殺戮や強奪を繰り返し続けた。    この2000年にも及ぶ支配体勢によって韓国の住民の中に中国絶対主義、中国宗主国思考のDNAが宿り、何回ひどい目に遭っても少し優しくされると「中国様~」となってしまう癖が染み付いてしまう。

       そしてぺりー来航以後、欧米の植民地支配欲の凄まじさに触れ、我が身にもその危険が遂に訪れた事を知る日本。   国内での血の涙が出るような葛藤の争いを経て、アジアで初めて自立した近代化を恐ろしいスピードで行うことでギリギリのタイミングで侵略を免れ、国として維持を達成する。

       本当にギリギリの奇跡的タイミングで、もしも開国が遅れ、更に死に物狂いの超スピード近代化が遅れていたら、日本は植民地政策の波に飲まれ、当然文明の進歩、教育などは行われず、プライドも全て破壊されて立ち向かう気持ちも起きなくされていました。    我々は本当は奴隷でしたよ。        ということは、第二次世界大戦は確かに起こりませんでしたが、世界の植民地政策の打破のためにアジアで唯一立ち上がった「日本」と言う誇り高い国そのものが存在せず、未だに世界が植民地を許す社会のままだったかもしれません。

1894年~
       日清戦争
       この頃、ようやく欧米社会とも対等に近い形での社会感と軍事力を確保に至る。   しかし当時、主にロシアが中国、朝鮮及び日本の一部を何とか奪えないかと激しく目論む。一つには世界的な植民地争奪に出遅れ、慌ててアジア南下の欲を出した為かと思われる。    その対ロシアの為には朝鮮の自立が不可欠であった。   当然壁としてで、その為に中国から朝鮮を開放すべく日清戦争が生まれる。

1904年~ 
       日露戦争
       満州を中国から奪い、更にアジア侵略欲に駆られるロシア。  その脅威は確実なもので遂に日本が開放後併合統治した朝鮮半島を巡る争いが始まる。  日本は朝鮮を自国として命をかけて守る決意をするが、相手は世界最強のバルチック艦隊、日本の二倍の海軍戦力と、世界最強のコサック騎兵団を敵に回す覚悟が必要な戦いに。   しかし戦わねば次は確実に日本国領土を狙いに来るのです。


1914年~
       第一次世界大戦
       ヨーロッパでの覇権争いを主眼に置いた戦い。日本も戦勝国として参加。 

1941年~
       第二次世界大戦
      世界的に強国の仲間に日本が入る。  しかし、後進国から飛躍的に強国にまで上り詰めた日本の力を、アメリカを中心に不安視し始める。   そして植民地支配欲など無い日本を危険な国として扱い、アメリカを中心に石油など全ての資源の輸出を止めてしまう。      資源のない日本は追い詰められながらも外交交渉で打開を図り、天皇陛下も最後まで平和交渉を望む。   しかし、欧米はこれを拒否。   飢え死にしか選択肢が無くなった時、遂に日本は開戦するのである。


       我が子がパンのひと切れの供給も断られて、飢えに泣き叫ぶなら立ち上がるのは当然だと言えます。  そして資源の確保のためにインドネシアやタイなどのオランダやイギリスの植民地に進出し、各國を開放しつつ転戦を始めたのです。   戦われた先輩方の名誉のために言いますが、この時の戦いは正真正銘の解放戦で、開放後も日本は植民地化などしていません。    先輩方の名誉は日本人として何があっても守りましょう。


1945年終戦

1948年東京裁判

近現代史⑨につづく  


Posted by 水口プリン at 17:17Comments(0)

2014年11月09日

桜の如く(近現代史⑦戦後に残るもの2)



第二次世界大戦、いわゆる大東亜戦争についての、本当の背景と意味を考えてみたいと思います。

その為の大切な偉人達の言葉を知ってください。  
日本人が教わってこない、真実の姿が見えてくると思います。
最も信頼できる歴史の背景を伝えることが出来る一人。  日本と戦った敵国アメリカの戦地最高司令官の正直な評価です。

@GHQ総司令官・  D・マッカーサー元帥

日本には石油がない、すずが無い、綿が無い、ゴムも無い。
その供給を全て絶たれれば、どんな小国でも戦争を決意する。

日本人は、もし原材料供給を絶たれたら(経済封鎖)1千万~1千2百万人が失業すると恐れていた。 
 それ故に
日本が第二次世界大戦に赴いた目的はそのほとんどが安全保障のためである。(1951・5・3)



@GHQ参謀部長・C・ウイロビー

東京裁判は史上最悪の偽善だ。
もしアメリカが同じ立場にあったとしたら、日本と同じように戦っただろう。


この両人は実際に日本と戦った人々側の、しかも最高責任者達です。
自分の国の兵士も多くを失っており、感情的に憎んでいても不思議でないはずの彼らのこの言葉、、、。

敵であり、勝利側の彼らの認識から紛れもなく読み取れる、「大東亜戦争とは?」




と言う疑問への明確な答えがここに全てあるでしょう。

米国軍でさえ、「日本は戦うしかなかった」「侵略欲、世界への覇権目的で行った戦争ではない」と認識していたのです。

起こした戦争を「間違ってない!!」なんて考えてませんし、私達日本人はどの国の戦後よりも激しい反省と自己嫌悪による自虐的思考の元で暮らしてきたと思います。

そろそろ正しい認識としての大東亜戦争を皆が学び、知る必要があります。
それが出来てこそ同じ失敗をしない未来を作れるのですから。  
なぜあれ程の悲惨な戦争が起こったかを知ってこそ、そんな失敗を避ける知恵や勇気が生まれるのです。
「とにかく俺たちは酷いことしたんだろ?」なんて程度の自虐のみの思考で本物の平和なんて築けませんよね。


近現代史⑧に続く  


Posted by 水口プリン at 21:29Comments(0)